チームガイド

チームの歴史 - “本気”DNAで自らの可能性に挑戦し続けた足跡

1983年11月に企業内の同好会として産声をあげて以来、社会人選手権優勝9回(史上最多)、日本選手権優勝8回(史上最多)の戦績を誇るチームに成長したオービックシーガルズ。創部時から 「一流の社会人、一流のフットボール選手」 として日本一の男になることを目指し、1プレー1プレー、魂を燃やし続けてきた “本気” のDNAは、どこまでも受け継がれていく-。




 

 7年ぶりに日本選手権制覇 【オービックシーガルズ 2020年】

2020年
38年目
(変則)レギュラーシーズン2勝 JAPAN X BOWL優勝 ライスボウル優勝  スコア

 

 遠ざかる背中、大きな壁にくらいつけ! 【オービックシーガルズ 2014~2019年】

2019年
37年目
X1 Super レギュラーシーズン 2位(6勝1敗) ベスト4  スコア
2018年
36年目
レギュラーシーズン 5位(4勝2敗) ベスト4  スコア
| ウエストバージニア大学からQBスカイラー・ハワード(学生時代は2年からスターターQBで試合に出場。4年時にはボウルゲーム出場を果たす)、日本大学からDBブロンソン・ビーティー(DLバイロン・ビーティー・ジュニア (BJ) の弟)を迎えるなど、新人17名を加えてスタート。春のパールボウルでは、RB出身のスカイラーの爆発的なランと強肩を活かしたパスが光り、IBMを28-2で下して2連覇を達成。秋に向けて期待が大きく膨らんで春シーズンは終了。この年は5月に発生した「悪質タックル問題」や他競技でのパワハラ問題など、アメフト界だけではなく国内のスポーツ界全体が「組織の体質」に対して大きな課題に向き合うこととなった。試合会場で戦う選手のみならず、チーム、リーグ、スポーツ団体の構成員全員がフェアプレー精神を強く意識し、常に起点としていくことを再認識した。
| 秋のレギュラーシーズンは、地元習志野市秋津の第一カッターフィールドにBULLSを迎えて開幕。開始早々のパントリターンTDを含む3本のリターンTDと大爆発したWR84西村有斗らの活躍によって前半で62点を挙げる猛攻を見せ、ファイナルスコア90-3で白星発進した。ホームで快勝した翌週はアウェー、相模原ギオンスタジアムでノジマ相模原と対戦。試合開始早々にLB岩本卓也のパントリターンTDで先制し、第1Qに17-6とリードしたが、その後は得点できず、2点差に迫られて迎えた第4Q、残り2秒から逆転のFGを決められ、17-18で敗れた。第3戦は、東京ドームでLIXIL。試合開始早々にFGで先制するも、第3Qを終わって14-14の同点。第4Q冒頭にDBブロンソンのインターセプトからK/P星野貴俊がこの日3本目のFGを決め、接戦を制した。前節の敗戦を正面から受け止め、「自分が変わる」という意志を強く持って臨んだ試合であった。集中力は持続できたが、オフェンスにはまだまだ課題が残った。第4戦は再びアウェー、エキスポフラッシュフィールドでエレコム神戸との対戦。パス攻撃で威力を発揮するエレコムの新外国人QB、力強いRBに対して相当な緊張感で試合が始まる中、K/P星野のFGで先制。QBスカイラーが3本のTDパスを決め、ディフェンスはDB北村 優のインターセプト、DL BJの5サックなどで相手QBを封じ、24-0で完封勝利し、チームは息を吹き返す。
| シーズン中盤のクライマックスは、第5戦の富士通。前節に復調したオフェンスが好調な出だしで2TDを挙げてリードする展開。しかしながら、前半終了間際と最終Q冒頭に2度の逆転を許して追撃ならず、ファイナルスコア28-31で惜しくも敗れた。前年までに感じていた力の差よりも、「ようやく富士通に追いついてきた感覚」が残った。一方で、すでに2敗。決勝トーナメントに出場するには、もう負けられない。リーグ戦最終戦は、オール三菱。ここでもWR西村が96ydsキックオフリターンTDと最初からオービックが攻守で圧倒。その後WR前田眞郷の3TDなどで得点を重ね、52-0の完封勝利で最終節を飾り、4勝2敗の5位でレギュラーシーズンを終えた。
| JXBトーナメント準々決勝は、ノジマ相模原。リーグ戦の借りを返したいという強い思いで臨み、WR西村の32ydsTDで先制したオービックが後半にリードを広げ、ファイナルスコア42-25で勝利した。準決勝は昨年と同じカードで、富士通。川崎にアクアグリーンの大応援団が再集結する。どちらも譲らず、前半は0-0で折り返す。第3QにオービックがFGで先制するも、第4Qに逆転されて追撃及ばず、ファイナルスコア10-13で準決勝敗退に終わる。リーグ戦に続いての「3点差」。前回は31点を許したディフェンスが13点に抑える奮闘を見せたが、この試合ではオフェンスが前半でモメンタムを奪えず、結果としてTDが1本に抑えられてしまったことが痛かった。
| 富士通との2つの試合は、どちらが勝ってもおかしくない試合であり、ここ数年追いかけてきたものがもうすぐ手に入るのでなはいか、という感覚が残ったシーズンであった。一方で、僅差での敗退は、選手よりもコーチ、スタッフに大きな課題を投げかける。どのようにして、この3点差を1年かけて逆転し、追い越していくチームになるのか。大きく高い山ほど裾野が大きくなければならない。宿題をたくさんもらってシーズンが終了した。
2017年
35年目
レギュラーシーズン 6位(3勝3敗) ベスト4  スコア
| 前年のQBジェリー・ニューハイゼル(UCLA卒)にかわって、ハワイ大卒のイカイカ・ウーズィーをQBに迎える。遠投で軽く60ヤードを投げられる強肩が春のパールボウルトーナメントで威力を発揮し、IBMとの決勝では、後半追い上げられたものの優勝の牽引者となった。
| イカイカが投げる高い弾道のパスに、今年こそ優勝を奪還できるかという期待の中、秋のシーズンを迎えるが、パールボウル決勝での怪我が完治せず、イカイカのチーム合流は10月15日のパナソニック戦まで持ち越された。
| この年はスケジュールストレングスを考慮したNFA方式で対戦が組まれ(ひと言でいうと、同じような強さのチームと当たる)、リーグ戦は、IBM→ノジマ相模原→オール三菱→アサヒビール→パナソニック→富士通と、チーム史上でも稀に見る強豪との連戦となった。
| 初戦は東京ドームで、パールボウル決勝の再戦と謳われたIBM戦。予想通りの大接戦となったが、勝ちきれずに4点差で黒星スタートとなる。チーム全体に緊張感がみなぎり、早くも背水の陣でノジマ相模原戦を迎える。QBデビン・ガードナー、RBの新戦力でミシガン大卒のシオネ・ホマというまさにNCAAでも第一級のオフェンスを零封して僅差で勝利。優勝を狙えるライン上に何とか踏みとどまった。
| その後、オール三菱戦、アサヒビール戦とチームは復調を見せて、3勝1敗で大阪遠征、パナソニックとの対戦。前年の準決勝を思い出させるような雨の中、復帰したQBイカイカが指揮を執る。前半はミスが相次ぐも、DLバイロン・ビーティー・ジュニアの活躍もあって、最少得点差で後半を迎え、WR木下典明のスーパーキャッチ、WR萩山竜馬のTDキャッチで逆転に成功。しかし、最後に再び突き放され、13-16で敗れて3勝2敗となる。
| 最終戦は、どうしても倒したい相手、富士通。横浜スタジアムでの試合は、またもや雨。雷鳴による中断をはさむような悪天候の中で第3Qまで両チーム無得点。第4Qになって富士通が先制し、オービックがQB菅原 俊からWR池井勇輝へのTDパスで追いつくという、まさにがっぷり四つの試合展開。ディフェンス陣もDBの藤本将司、島津慶丞がインターセプト、DLのバイロン・ビーティー・ジュニアと仲里広章コンビでのファンブルフォース&リカバーと、ものすごい集中力を見せたが勝ちきれず、7-7で第4Q終了。タイブレークとなる。結果は、惜しくも10(オービックがFG)-13(富士通がTD)でまたもや富士通の勝利。リーグ戦での3敗は、ここ数年でも経験したことのない結果であった。それでも、SUPER9の混戦に助けられ、6位で決勝トーナメント出場を果たす。
| 準々決勝では、それまでの鬱憤を晴らすかのような快晴の中、ノジマ相模原に41-22と快勝した。前半からディフェンスとキッキングで積極的にボールを奪い、相手に攻撃をさせなかった。攻めてはRB地村知樹とWR西村有斗のコンビによるスペシャルプレーで先制TD、第3QにもWR木下とWR萩山でスペシャルプレーを成功させるなど、攻・守・蹴が爆発した試合となった。続く準決勝は、2回目の富士通戦。リーグ戦でタイブレークまで追い詰めただけに、意気込んで川崎のスタジアムに乗り込んだが、試合序盤に先制TDを奪われ、7点を追いかける展開となる。その後ディフェンスは追加点を許さなかったが、オフェンスが2つのインターセプトを喫するなど最後まで得点を奪うことができず、チーム創設以来、初めての零封負けでシーズンを終えた。
| 新QBイカイカと春から好調を保ち続けたQB菅原が率いたオフェンスであったが、残念ながら王者富士通やパナソニックの強くて早いディフェンス陣を崩すには一歩及ばなかった。一方で、ディフェンスは2回の富士通戦を2つのTD(タイブレークは除く)に抑えるなど、着実に進化を遂げた。
| この年をもって、リーグ戦では1度も勝てなかった富士通のQBコービー・キャメロン、RBジーノ・ゴードンの2人が残念ながら日本のフィールドから去ってしまった。彼らの真摯なスタイル、卓越した精神力、技術、for the teamの精神があったこの数年間で、日本のフットボールのレベルは飛躍的に向上したのではないだろうか。改めて敬意を表したい。
| 私たちオービックにあと一歩足りないものは何か。総合力なのか、オフェンスの最後の詰めなのか。あと少しまで見えてきたような気もするが、百里の道は九十九里を半ばとせよという言葉もある。ここからがまた長い道のりであるという覚悟がチーム全員にあることを心から祈りたい。この年を最後のシーズンと決めていたDLケビン・ジャクソンが引退を撤回した。彼に続こう!
2016年
34年目
レギュラーシーズン 2位(6勝0敗) JAPAN X BOWL準優勝  スコア
| 遠ざかる富士通の背中。本場NCAAの有力選手が続々加入するXリーグの強豪たち。オービックはまたもや大きな改革に踏み切った。16年チームを率いてきた大橋 誠ヘッドコーチから新しく古庄直樹ヘッドコーチへと継承し、オフェンスコーディネーターには過去に優勝経験もあるダニエル・リンズを迎え、コーチング体制を刷新。さらに、チームとしては初めてNCAAプレーヤーのQB、ジェリー・ニューハイゼル(UCLA卒)を迎えた。それまでのQB菅原 俊、畑 卓志郎にニューハイゼルが加わったオフェンスが春のパールボウルトーナメントから始動。「ハードワーク」を合言葉にフィジカル、メンタル両面の強化に乗り出した、新しいオービックが動き出した。
| 一方で、Xリーグも改革の年。同じぐらいの強さのチームがしのぎを削るという新しいリーグ戦方式が導入される。初戦は、名門ミシガン大学でスターターを務めた196cmの長身QBデビン・ガードナーを擁するノジマ相模原。彼に関する情報がない中であったが、ディフェンス陣が奮闘し、素晴らしい集中力を見せて彼を抑え、新人WR西村有斗がキャッチ後のランニングでうまさを発揮して逆転TDを奪い、14-13で辛勝した。地元秋津のフロンティアサッカーフィールドには、春のパールボウル準決勝で逆転負けを喫したLIXILを迎えた。WR木下典明が2本のキックオフリターンTDと爆発して、無事に勝利。4連勝で迎えた春のパールボウル覇者IBMとの対戦も、最後まで苦しみながらも、タイブレークの末に1点差で逃げ切った。この試合では、UCLA出身QB対決で奮起したニューハイゼルが、WR萩山竜馬への2本のTDを含む3つのTDパスを演じた。ディフェンス陣も、DL仲里広章のファンブルリカバーやDB砂川敬三郎のインターセプトなど、ボールを奪うことで貢献。キッカー星野貴俊のフィールドゴールも安定し、リーグ後半戦に向けた手ごたえをつかんだ試合でもあった。
| その後、レギュラーシーズンと決勝トーナメントの組み合わせの妙で、エレコム神戸と2連戦。大阪遠征から横浜スタジアムへと試合会場を移しながら、2試合をものにする。そしていよいよ準決勝。相手はパナソニック。ヤンマースタジアム長居(長居陸上競技場)でのパナソニックとの対戦は、1996年以来20年ぶり。「大阪・長居・パナソニック」というと、1996年の勝利以降は長居"球技場"で何回も何回も跳ね返され、泣き崩れてきた歴史があった。当日は雨。時折どしゃぶりになる中、1つのファンブルやミスタックルが命取りになるリスクを背負って両軍の選手は死闘を続ける。この試合を何とか成立させてくれたのは、終始冷静さを失わずに第4Qまで試合をつくったニューハイゼルであった。その後を菅原が引き継ぎ、タイブレークでのWR池井勇輝へのTDパスへと、「日米QBが勝利のリレー」を演じた。20年ぶりに再び、ヤンマースタジアム長居でパナソニックに勝つことができた。
| 参戦、参戦、参戦! 激戦をしのいで8連勝し、3年ぶりに出場を果たしたJAPAN X BOWLの相手は、絶好調の富士通。前半、富士通に攻め込まれる苦しい時間帯が続く。ディフェンス陣がTDを許さず、オフェンスにボールを回すという自分たちの土俵で戦うが、オフェンスがどうしてもつながらない。後半、RB望月麻樹のランでゴール前1ヤードまで迫るが、封じ込められる。チームは明らかに成長、進化を見せたものの、総合力でまたもや富士通に跳ね返されてシーズンが終了した。
| 一方で、オービックらしい答えをわずかながら見い出せた1年だったのではないか。12月末、シーズン最後のミーティングに出席した選手たちの表情は、「挑戦」でみなぎっていた。
2015年
33年目
X-EAST 3位(3勝2敗) ベスト4  スコア
| 選手権奪取を掲げて、オフェンスコーディネーターを始めコーチング体制を大きく変更。世界選手権開催年ということもあり、春先は日本代表組と本隊に分かれてのスタートとなった。開催地のアメリカに乗り込んだ選手の中には、優勝したアメリカ代表チームで活躍したDLバイロン・ビーティー・ジュニアもいた。
| 代表組のリカバリーと新しいオフェンスの仕上げに苦しみながら秋シーズンを迎える。1stステージ初戦は警視庁に59-3と危なげない勝利を飾ったが、2戦目のノジマ相模原戦で解禁したノーハドルオフェンスが不発に終わり、終わってみれば5つの被インターセプト。終了間際に追いついたもののタイブレークで敗れ、序盤で手痛い1敗を喫した。その後、秋津のホームゲームでは明治安田を68-2、第4戦のオール三菱は53-9で破り復調の兆しを見せる。1stステージ最終戦の富士通戦は、アクアグリーンの「決闘Tシャツ」をまとった2,000人以上のブースターの声援をバックに、チーム一同決死で挑む。オービックが幸先よく先制するが、徐々にQBコービー・キャメロンを擁する富士通オフェンスにペースを奪われ、第1Qで7-14と逆転を許す。その後は完全に富士通ペースとなり、オービックオフェンスも1ファンブルロスト、4インターセプトと5つのターンオーバーを献上して完全に自滅。7-41という歴史的な大敗を喫し、1stステージは3勝2敗。18年ぶりの3位に終わり、2ndステージに望みをつなぐこととなった。
| 2ndステージは、セントラル・ディビジョンの3つ巴で1位となったIBM、ウエスト・ディビジョン2位のアサヒ飲料のブロック。1試合目のIBM戦は攻守がかみ合ってリードする試合展開。第4Q残り5分でワンポゼッション差まで迫られたが、2インターセプト、2パスカットと大活躍したDB島津慶丞を中心にディフェンスがしのぎきって、34-26と勝利。続くアサヒ飲料戦は第1Qからオフェンスが爆発し、前半の大量リードを守って52-9で試合終了。オービックシーガルズは1stステージからの通算成績を5勝2敗として、ファイナルステージへの挑戦権を得た。
| 11月15日、2ndステージの全日程が終了し、オービックは4位ランクとなってファイナルステージに進出を果たす。2年連続の「準決勝で、富士通と横浜スタジアムで対戦」となった。1stステージの大敗からのチーム再建はどうか。 対外的にも興味の高い試合の第1Qはともに無得点でがっぷり四つ。試合が動いたのは第2Q。富士通に2本のTDパスと1FGを決められ、0-17とリードされて前半を折り返す。第3Qにも富士通が加点。それでも諦めないオービックオフェンスは、第4QにQB畑 卓志郎からTE森 章光へのTDパスで一矢報いるが、6-27で試合終了。これでオービックは2014年から富士通に3連敗してシーズン終了となった。
| この後、富士通がJAPAN X BOWLでパナソニックに敗れ、ライスボウルではパナソニックが鮮やかな逆転劇で立命館大学を破って8年ぶりの栄冠を勝ち取った。パナソニックも外国人選手、アメリカ人コーチが多数在籍し、練り上げた戦略で富士通QBコービー・キャメロンのオフェンスを封じにかかった。近年、NFLやNCAAからの戦略、戦術の流入や、NCAAのトップ選手のXリーグでの台頭はとどまることを知らない。遠ざかるトップの背中に追いつくためにオービックがなすべきことは何か。命題がさらに大きくなったシーズンであった。
2014年
32年目
X-CENTRAL 2位(4勝1敗) ベスト4  スコア
| パールボウル決勝の相手は富士通。シーソーゲームの末、ラストプレーでQB菅原 俊からRB古谷拓也へのTDパスで28-28とし、その後のタイブレークを制して2年ぶり5度目の優勝を遂げる。劇的なシーズンの幕開けとなった。
| 3度目の海外遠征で初めて米国に上陸。アラバマ州を中心としたセミプロリーグのオールスターチームと戦った。先制点を奪ってリードするが、後半になってランプレー中心のパワーゲームに押されて12-16で敗戦。日本代表やU-19などでも課題としてきた、広いスペースでボールを持ったRBに対するディフェンスの甘さが後半にて出てしまった。
| 秋季リーグ戦第5節、全勝対決のLIXIL戦は、QB畑 卓志郎が先発。スピーディーなパスを武器にチームを引っ張ったが、オービックディフェンスをよく研究したLIXILのパスオフェンスに手を焼き、リードを広げられる。10点差を追う第4Q、最初の攻撃でWR木下典明がTDを決めて追い上げるが、その後FGを許し、再び6点差となる。残り5分28秒からスタートした攻撃は、敵陣4ヤードまで迫るが、痛恨のファンブルで攻撃権を失ってそのままゲームセット。ディビジョン2位通過となった。
| 2ndステージ第1戦、ディビジョン3位のノジマ相模原との試合は、QB菅原 俊が怪我から復帰。自らのTDランで先制し、その後も順調に得点を重ねる。ディフェンスも相手オフェンスを封じ込め、前半で37-0と大勢を決める。その後、新人DB北村 優のインターセプトやDLバイロン・ビーティー・ジュニアのキックオフリターンからの追加点も花を添え、44-21で快勝。第2戦は、混戦のウエストを制した古豪エレコム神戸とキンチョウスタジアムで対戦。序盤は歯車が噛み合わず、第1Q11分過ぎにRB原 卓門のTDで先制するが、前半は14-0で折り返す。後半になって、またもやDLバイロン・ビーティー・ジュニアのファンブルリカバーTDのビッグプレーで勢いづく。オフェンスも息を吹き返して5回の攻撃シリーズのうち4回で得点し、ディフェンスも自陣36ヤード以降への侵入を封じ込めて、45-0で快勝。自力でファイナルステージ進出を決めた。
| 準決勝は、前年のJAPAN X BOWL決勝、春のパールボウルに続いて3連続の富士通決戦。試合開始早々、新外国人QBコービー・キャメロンを擁する富士通ハイパーオフェンスに先制点を許してしまう。終始追う展開となるが、第4Q残り5分51秒でWR木下典明の98ヤードキックオフリターンTDで17-20と1ポゼッション差にまで詰め寄る。しかしその後の攻撃で、地力に勝る富士通が時間を使って残り27秒でダメ押しのTD。17-27で敗戦となり、JAPAN X BOWL、ライスボウル5連覇への道はここで途切れた。
| 1996年に始まったXリーグでは、コーチのプロ化や、練習や戦略のレベルアップが進んだ。加えて、日本代表の再結成(1998年のジャパンユーロボウル)、米国のインドアフットボールリーグへの挑戦、2007年まで続いたNFLヨーロッパ、その後のドイツリーグ(GFL)への参加など、細い道ながら海外への挑戦を続けてきたチームや選手たち。そしてここ10年はレベルの高い外国人選手が日本でプレーするようになり、日本のアメリカンフットボールのレベルは向上を続けている。特にこの年の富士通の取り組みは素晴らしく、米国の大学トップレベルのQBコービー・キャメロンを招聘し、見事に花を咲かせた。JAPAN X BOWL決勝は、先鞭をつけたIBMのQBケビン・クラフトとの投げ合いが話題を呼んだ。この2チーム以外にも、QBを始め米国からレベルの高い選手を招聘する動きが加速している。「闘いの次元が変わった年」を経て、オービックはどの次元を目指すのか。

 

史上初の日本選手権4連覇を達成 【オービックシーガルズ 2010~2013年】

2013年
31年目
★7
X-CENTRAL 1位(5勝) JAPAN X BOWL優勝 ライスボウル優勝  スコア
| 春に2度目のドイツ遠征を敢行。デュッセルドルフパンサーと国際親善試合を行い、34対3で勝利。課題感を残しながら、1週間後にパールボウル準決勝で富士通に13-31で大敗。得点は、QB菅原 俊からWR木下典明へのTDパスとLB古庄直樹主将のインターセプトリターンTDのみ。文字通り“こてんぱん”に敗れ、2010年秋から続いた国内公式戦連勝記録も37で止まる。
| 「俺たちはこんなものなのか」と自らを問い直し、再建を掲げて再始動。秋は初戦、第2戦とおそるおそるスタートを切ったが、第3戦のIBM戦では、QBケビン・クラフトを核にしたハイパーオフェンスにディフェンス陣が追いつけず、42-41と辛うじて1点差で、地元習志野市秋津サッカー場で勝利を挙げた。このとき存在感を見せたのは、本場米国仕込みのQBにも負けなかったQB龍村 学の剛腕だった。リーグ戦中盤の危機を乗り越えたオービックは徐々に調子を上げ、4戦目のオール三菱、5戦目のノジマ相模原と勝ち進む。豪雨の中のノジマ相模原戦は、荒コンディションの中でもディフェンス陣が集中を切らさず12-3で勝ちきって、5戦全勝で2ndステージ進出を決める。2ndステージ第1戦のアサヒビール戦は、ランディフェンスに苦しみながらも要所でパスを決めて21-7で切り抜け、2年連続となった2試合目のアサヒ飲料戦は、パス攻撃がさく裂して44-17と快勝。トップランクでファイナルステージに進む。
| 準決勝では、鹿島と横浜スタジアムで対戦。安定した試合運びで21-12の点差以上の安定感を見せて、ついに4年連続でJAPAN X BOWL進出を果たす。決勝の相手は、春のパールボウル準決勝で大敗した富士通。全勝同士の対決となった。富士通はここまで絶好調。春の勢いのまま、素早いディフェンスと、ラン、パスどちらもスピードとパワーあふれる攻撃が衰えない。接戦をものにして勝ち上がったオービックに比べて、下馬評では富士通が圧倒的有利となっていた。先手は富士通。重苦しい雰囲気を打ち破ったのは、DLバイロン・ビーティー・ジュニアのQBサック。相手オフェンス選手の上を飛び越えるスーパータックルで、QBは負傷退場するほどの衝撃を受けた。その後もディフェンス陣がシーズン一番の集中力を見せ、DB砂川敬三郎、DLケビン・ジャクソンらの好プレーでオービックオフェンスにチャンスをつなぎ、3Q前半で24-0とリードを広げる。第4Qには富士通の追撃が始まるが、しのぎきって24-16で死闘に終止符。8度目の社会人優勝を果たす。
| ライスボウルは、大学王者・関西学院大学と3年連続同じ顔合わせとなった。前半はパスで得点したが、相手ディフェンスが対応してきたため、パス攻撃からラン攻撃への切り替えを敢行。OLとRBがそれを見事にやりきって34-16で快勝。これによってオービックは、日本アメリカンフットボール史上初の日本選手権4連覇を達成した(通算7度の優勝も史上最多)。
| この年のチームスローガンは「PROFESSIONAL」。「大きな意味を持った言葉に、一人ひとり、そしてチーム全員が挑戦し、まだまだ道半ばであるということを痛感した」(大橋ヘッドコーチ)シーズンが幕を閉じた。
2012年
30年目
★6
X-CENTRAL 1位(5勝) JAPAN X BOWL優勝 ライスボウル優勝  スコア
| “未踏の地を制覇する“ 、“皆で(CON)探求する(QUEST)”、という意味を込めて「CONQUEST」をスローガンに掲げてスタート。未踏の地とは、言うまでもなく社会人として初めて日本選手権を3連覇すること。先のライスボウルで、後半に逃げきって辛勝した余韻が選手やコーチたちの心に在り、「次は狙ってきちんと勝ちきりたい。そんな強いチームを創りたい」という決意の表れであった。
| 春には国内の単独チームとしては初めて、ドイツリーグ(GFL)のクラブチームと国際交流戦を敢行。対戦相手はドレスデンモナークス。この遠征をはさんで1週間ピッチで3試合という強行スケジュールでパールボウルトーナメントに挑む強化策をとった。そのことが選手の意識向上につながり、2005年以来7年ぶりにパールボウル優勝を遂げた。
| 夏には、コロラド大出身のDLバイロン・ビーティー・ジュニアらルーキーたちが本領を発揮し始める。ヤングツイスターズ(OL)の台頭も大きかった。前年までスタメンを務め、長らく日本代表でも活躍した宮本 士らの引退の穴を埋めるべく若手が急成長し、陣容が整った。Xリーグでも、アメリカのNCAA1部(大学のトップカンファレンス)所属のUCLAやオレゴン大出身のQBが合流し話題になった。
| 秋のリーグ戦前半の鍵は、そのUCLA出身のケビン・クラフト率いるハイパーパッシングオフェンスのIBM戦。ディフェンス陣の集中で試合前半を制したことが勝利へと繋がった。いい流れを持続し、最終節の富士通戦を迎えた。試合は終盤、富士通オフェンスの強烈な追い上げにあったが、インターセプトで逃げきり、リーグ戦は1位通過。2ndステージも順調に勝ち上がり、準決勝へ。相手は後半調子を上げてきたノジマ相模原。前半はノジマ相模原のランに苦しめられながらも13-3で折り返し、24-10で勝利。無敗のまま社会人決勝へ駒を進めた。
| JAPAN X BOWLの相手は、同じく無敗で勝ち上がった鹿島。鹿島は先発QBを負傷で欠いたが、2人目のQBが着実にゲインを重ねる。オービックも、シーズンが深まるにつれて本領を発揮しだした新人RB原 卓門が大きなゲインを重ねて譲らず、がっぷり四つで第4Qにもつれ込む。残り1分56秒で3点差に迫られるも、最後は鹿島のオンサイドキックを押さえて激闘に終止符。7度目の社会人優勝を飾った。
| 続くライスボウルは前年と同じ関西学院大学との対戦。こちらも試合終了までもつれた。オービック優勢で進みながら、自軍ファンブルなどで追加点を奪えない。逆に、関学のトリックプレーやスペシャルプレーが決まり、残り3分で14-15と逆転を許す。その後のオフェンスでもまさかのインターセプトを喫する。ここで残り時間は1分39秒。ディフェンス陣が踏ん張って関学大オフェンスを3アンドアウトに抑え込み、34秒を残して最後の攻撃へ。QB菅原 俊からWR木下典明、WR萩山竜馬に起死回生のロングパスが通り、敵陣1ヤード。残り10秒でRB古谷拓也が決勝の1ヤードTDランを決め、21-15でCONQUESTが完結した。
| この年は、富士通、ノジマ相模原、鹿島、関学大ら多くのチームが打倒オービックを掲げて大きく立ちはだかった。前年同様、ライバルに鍛えられての紙一重の勝利となった。ライスボウル後(2013年1月)、日本選手権3連覇、10年を迎えた習志野での活動を評価していただき、習志野市としては3組目の市民栄誉賞をいただいたこと、2010年の秋シーズンから通算で国内36連勝を重ねたことも、最後に記しておきたい。
2011年
29年目
★5
X-CENTRAL 1位(5勝) JAPAN X BOWL優勝 ライスボウル優勝  スコア
| 大きな壁を越えてようやく手にした「日本一」の余韻も冷めやらない3月11日。奇しくもシーズンインの練習を翌日に控えたこの日の午後、激震が日本を襲う。被害は本拠地茜浜のグラウンドにも及んだ。「液状化現象」。壊れた配管から水があふれ出し、波打つグラウンドで平坦な部分を探しながら走り込みをスタートできたのが、3月末日であった。
| 神田外語大学、千葉大学、日本大学、早稲田大学、習志野市企業局など多くの方々から練習場所をお借りして、練習の「場」は転々とした。茜浜近辺の土砂撤去や、千葉・津田沼駅前での募金活動、「Gulls for TOHOKU」を合言葉に、自分たちにできることもやった。「練習、いやアメフトをやっていてもいいのか」と自問自答する東北大学のアメフト部の皆さんとも会い、クリニックをさせていただいた。「自分たちができることを自分たちの場所で精一杯やろう」、「こういうときだからこそ、スポーツの意味、真価が問われる。社会や世の人たちに何ができるか考えよう」、随分いろいろなことを考えた。
| メインスポンサーのオービックからのありがたい支援もあって、夏合宿の前日、私たちの前に緑鮮やかな新しい人工芝のグラウンドができ上がった。一瞬、誰もが無言で見つめる。「勝つしかない」。全員が心の中で叫んでいた。チームスローガンの「WILL」=それは勝つこと=それが自分たちにできること。
| この年の戦いも順風満帆ではなかった。初戦の相模原ライズには大苦戦し、かろうじて生き残った。2ndステージでもアサヒ飲料に試合開始早々に得点を奪われ、終盤で逆転勝ち。JAPAN X BOWLも富士通のノーハドルオフェンスに前半はリードを許して、後半に逆転。ライスボウルも、巧妙なキッキング、守備の穴を上手く突くオフェンス、しぶといディフェンスを周到に準備してきた関西学院大学に苦戦した。この試合も第4Qで一気に逆転という展開であった。
| いずれにせよ、勝ちきることができた。勢いに乗る相模原ライズ、オービックオフェンス陣を最後まで苦しめたアサヒ飲料、パナソニックに完勝した富士通など、強豪ひしめくXリーグで連覇を果たしたことも意義深いが、3.11から始まったシーズンをWILLを胸に勝ちきったことで、私たちは多くのことを学んだ。
2010年
28年目
★4
X-CENTRAL 1位(5勝) JAPAN X BOWL優勝 ライスボウル優勝  スコア
| 前年はリーグ最終戦でアサヒビールに逆転負けを喫し、一念発起してパナソニック電工に挑んだものの惜敗。「俺たちは同じ相手に3度も負け続けるのか」という沈滞ムードを吹き飛ばすために、春から全員でチーム改革に挑んだ。大橋ヘッドコーチがディフェンスコーディネーターを兼任し、オフェンスコーチには富永 一が相模原ライズから復帰したりと、コーチ陣もリフレッシュ。選手幹部を交えた戦略ミーティングの実施を始め、様々な意識改革にも取り組んだ。
| そのプロセスの中から、「選手が主役のワクワクするフットボールで勝ちきるチーム」というコンセプトが生まれた。「明日がライスボウルだったら、先発ローテーション入りする選手」を選び、「チャンピオンシッププレーヤーズ」というリストにして毎回の練習で発表した。秋シーズン開幕前には、順天堂大学サッカー部の皆さんと一緒に2週間ぶっ続けで、海浜幕張や津田沼駅前でビラ配りを敢行したり、観客も主役に巻き込む“クラウドノイズ”応援を始めたり、Twitterで腹筋100万回プロジェクトに挑戦し達成するなど、様々なことを積み上げていった。
| それらの結果、チーム力は秋に向けて確実に上昇し、苦戦を重ねながらも勝ち進む。中でも、リーグ戦で富士通に逆転勝ちした瞬間や、試合終了1秒前に追いつきタイブレークで勝利した準決勝の鹿島戦は、スタンド全体が震えていた。JAPAN X BOWLでもパナソニック電工に逆転勝ちし、実業団の強豪チームすべてを破って5度目の社会人日本一に輝く。5度目の出場となったライスボウルでは立命館大学に勝利し、5年ぶり4度目の日本一で「OUR TIME」のシーズンが完結した。

 

世代交代への挑戦 【オービックシーガルズ 2006~2009年】

2009年
27年目
X-EAST 2位(4勝1敗)  セカンドステージ ブロック2位(1勝1敗)  スコア
| どうしてもパナソニック電工に勝ちたい。チーム全員が同じ思いで迎えたこの年、春先からGM体制を復活させ、現場のコーチをGMを始めとするフロントスタッフがサポートするという強化体制を敷いた。クラブチームゆえ例年スロースタートになりがちなファンダメンタルやチームづくりにも、早めに取り組んだ。さらに、今まで、それぞれオフェンス、ディフェンスの指揮を執っていた大村和輝、松場俊夫両コーディネーターから、オフェンスは新生剛士、ディフェンスは時本昌樹という新任に移行し、チームそのものはリフレッシュしてスタート。春のパールボウルトーナメントでは決勝に駒を進めるなど、順調な仕上がりを見せた。
| 秋のリーグ戦は、クラブチームとなって初めて、本拠地の習志野に近い千葉マリンスタジアムで開幕戦を迎え、千葉の皆さんの前で日本ユニシスに勝つことができた。その後、オール東京ガス、富士ゼロックスと白星を重ねたが、4戦目のオール三菱で思わぬ苦戦を強いられ、10-6で辛勝。特にオフェンスが波に乗れず、その修正もままならないままリーグ最終戦でアサヒビールに逆転負けを喫し、4勝1敗でリーグ2位となってしまう。2ndステージには背水の陣で挑むことになり、1ヵ月間、夜昼を問わずチームの再建に取り組んだ。結果、IBMに勝利し、パナソニック電工戦には非常に良い状態で臨むことができた。試合は第1Qに先取点を奪い、前半は優位に試合を運ぶが、後半になって徐々に主導権を奪われた結果、3年連続でパナソニック電工に敗れる。獲得ヤードでは上回っていただけに、悔しさも増した。
| パナソニック電工はその後、準決勝で鹿島に敗退。パナソニック電工と富士通を破った鹿島が社会人の王者となり、ライスボウルも制した。
2008年
26年目
X-CENTRAL 2位(4勝1敗)  Final6準々決勝敗退  スコア
| チームが25周年を迎えたこの年は、前年の松下電工戦での2つの悔しさからスタートした。1つ目の悔しさは、土壇場で追いつきながら、タイブレークで力尽きてしまったことへの悔しさ。2つ目は、近年まれにみる松下電工との接戦、熱戦を演じたスタジアムに、もっともっと多くのお客様に足を運んでいただきたかったという悔しさ。
| 1つ目に関しては、春先から下半身トレーニングを見直し、フィジカルでも互角に戦えるようなチームづくりに励んだ。2つ目の集客は、「1万人プロジェクト」と銘打って、チーム一丸となってリーグ戦初戦の相手であるIBMと一緒に、GW明けから取り組んだ。このプロジェクトはさまざまな形で実を結び、1万人には届かなかったが、リーグ戦では久々の6,000人を超すお客様に足を運んでいただき、同時に、「チームを強くすること」と「お客様に来ていただくこと」、2つの目標に挑む有意義さに気づくことができた。
| リーグ戦初戦を制し、幸先のいいスタートをきったが、最終戦の鹿島との試合を13-17で落とす。TDパスを取り消されたという疑惑の判定もあったが、審判の誤審は、悲しいながら100%なくなることはない。
| 2位通過となったが、気を取り直して準々決勝のパナソニック電工戦に挑んだ。昨年の雪辱をという気持ちが試合開始からフィールドで爆発し、先取点をもぎ取る。前半を14-7で折り返すが、後半になってパナソニック電工がじりじり攻め返し、一方でオービックはオフェンスが好機を逸し、ついに逆転を許す。最後までオフェンスは粘ったが、14-20で2年連続で敗れた。
| 勝ったパナソニック電工はその後の試合も制し、2年連続で社会人王者となった。願わくば、社会人代表としてライスボウルも制してほしかったが、立命館大学に敗れるという残念な幕切れ。突き抜けたチームを目指してきたものの、チーム強化の仕組み自体を見直すシーズンとなった。
2007年
25年目
X-EAST 2位(4勝1敗)  ベスト4  スコア
| 7月に第3回世界選手権が川崎市で開催されたメモリアルイヤー。日本代表には、大橋 誠ヘッドコーチ、松場俊夫守備コーチ、大村和輝攻撃コーチ、吉永孝徳トレーナー、佐々木陽一マネジャーを始め、チームとしては最多の10人の選手が選抜され、1回戦のフランス戦、2回戦のスウェーデン戦、そして決勝のアメリカ戦と、獅子奮迅の活躍を見せた。決勝は、先制したものの終了間際に追いつかれ、タイブレークで敗れるという惜敗であったが、ひたむきなプレーを見せた日本チームに、等々力陸上競技場1万人の観衆の拍手が鳴り止まなかった。
| そして、2ヵ月後の9月からのリーグ戦。4度目の日本一奪取に向けた闘いが始まった。初戦はルネサスに快勝したが、続く富士通戦に完敗を喫し、チームに緊張感がみなぎる。しかし選手たちが奮起し、第3戦から1試合ごとに成長。本来の輝きを取り戻していった。ファイナル6進出は、アサヒビール、富士通、オービックの三つ巴にもつれ込み、得失点差での勝負となった。オービックは最終戦で強豪アサヒビールに11点差以上で勝つしかないという状況の中、55-6で歴史的な大勝を飾り、まさに“グレートカムバックⅡ”の第一歩となった。
| 準々決勝の鹿島との闘いもすごかった。後半にリードを許すが、第4Qに追いつき、タイブレークで破るという劇的勝利。この試合のMVPは、同点のリターンTDを演じたWR清水 謙であった。続く準決勝は、長居球技場で松下電工と対戦。第1Qこそ互角であったが、徐々に松下電工の厚いディフェンスに封じられ、相手のラン&パスにゲインを許し、得点差が広がる。第4Qで23-7となったときには、スタンドも静まり返った。しかし、そこからオービックのパス攻撃が息を吹き返し、2つのTDのうえに連続して2点コンバージョンを成功させ、23-23の同点に追いつく。鹿島戦の再来か?! しかし、タイブレークで力尽き、最後はインターセプトされてシーズンが終了した。
| リーグ戦最終戦、準々決勝鹿島戦、準決勝松下電工戦と、チームが一丸となって脅威の集中力を発揮した、“すごい”シーズンであった。しかし、集中力だけでは勝てない。「どこが勝ってもおかしくない状況から頭一つ抜け出すために、何をやっていくのか」。次の10年に向けての闘いがスタートした。
2006年
24年目
X-CENTRAL 2位(4勝1敗)  ベスト4  スコア
| 前年の日本一の余韻を残してスタート。前年に続いて世代交代が進む中、「MAX」をスローガンにライスボウル2連覇に挑む。
| ライバルチームも急成長。春のパールボウルトーナメントでは、15分クォーター制が導入された準決勝で、オンワードスカイラークスと大接戦の末、終了間際に逆転されて惜敗。パールボウルを制したのは、若手が成長した富士通であった。圧倒的なスピードと運動量を前に、各チームに緊張感がみなぎった。7月には習志野グラウンドに最新の人工芝が敷設され、練習も一気に加速度を増した。
| 秋のリーグ戦は立ち上がりから順調な試合を続け、4試合目は富士通に大勝し、10回目のファイナル6進出を決める。ところが、最終節のアサヒビール戦。初対戦で敗退して以来、引き分け2つをはさんで負けたことがなかったチームに思わぬ苦戦をし、僅差で敗れて2位通過となった。
| 準々決勝では、新進気鋭の内外電機を記録的な大差で退け、準決勝でオンワードスカイラークスと対戦。前半リードしたが、後半追撃され、逆転負けを喫してシーズン終了となった。ジュニアシーガルズは、2年連続で日本選手権に出場したが、惜しくも敗れた。

↑ページトップに戻る

オービックシーガルズ誕生。3度目の日本一 【オービックシーガルズ 2003~2005年】

2005年
23年目
★3
X-EAST 1位(5勝0敗)  JAPAN X BOWL優勝  ライスボウル優勝  スコア
| オービックシーガルズ」となって3年目。まさに真価・進化が問われるシーズンを迎える。春先から攻撃の司令塔QBを龍村 学に任せて新生オービックがスタート。パールボウルトーナメントは辛勝が続き、苦戦を強いられたが、試合を重ねるごとにチームが成長。決勝ではアサヒビールを27-2で破り、優勝した。
| 秋のリーグ戦もそのままチーム力は上昇し、前年度に苦杯をなめたオンワードスカイラークスを21-0で完封。堂々の1位シードでファイナル6に進む。準決勝は横浜スタジアムでアサヒビールを13-7で破り、ついに3年ぶりのJAPAN X BOWLに駒を進めた。昨年よりさらにパワーアップした松下電工と対戦。前半戦で0-16と突き放されるが、後半、歴史に残る逆転劇を演じ、ファイナルスコア25-16で4度目の社会人王座を奪取した。
|  続くライスボウルは、甲子園ボウルで立命館大学を破った法政大学と対戦。攻守が爆発し、47-17で勝利。3度目の日本一と、春から全勝でパーフェクトシーズンを達成した。
| チアリーダーがチアオブザイヤーに輝いたこと、ジュニアシーガルズが日本一となったことも含めると、5冠の年となった。また、龍村を始め、LB中井勇介、DL紀平充則、XリーグMVPに輝いたDLケビン・ジャクソンなど、新勢力が台頭したシーズンでもあった。
2004年
22年目
X-CENTRAL 2位(4勝1敗)  ベスト4  スコア
| 年初の1月3日、ライスボウルで立命館大学がオンワードスカイラークスを撃破し2連覇を達成。社会人チーム全体としても、雪辱に燃えるシーズンとなった。
| 春は久々の遠征試合を実施。立命館大学琵琶湖草津キャンパスで交流戦を行った。
| 秋の本番は、リーグ戦初戦で追いすがる富士通を突き放して勝利したが、最終戦でオンワードスカイラークスに逆転負け。ファイナル6はディビジョン2位ランクでのスタートとなった。
| 準々決勝の相手は鹿島。苦手意識もあったが、守備陣の活躍で10-3と辛勝。続く準決勝の長居球技場で待ち構えていたのは、強力守備を誇る松下電工。ここでも守備陣が大奮闘するが、オフェンスが抑え込まれ、7-10とJAPAN X BOWLまであと一歩でシーズンが終了した。JAPAN X BOWLを制した松下電工がライスボウルで立命館大学に快勝したことも付け加えておきたい。
2003年
21年目
X-CENTRAL 2位(4勝1敗)  Final6準々決勝敗退  スコア
| メインスポンサーが株式会社オービックに決まり、チーム名もオービックシーガルズとなった。
| 春のパールボウルトーナメントは決勝に進出するも、富士通に13-14で惜敗。夏には第2回世界選手権がドイツで開催された。チームからは7人の選手に加えて、コーチ、スタッフ3人が選抜され、日本代表の2連覇に貢献した。
| 秋のリーグ戦は4勝1敗でディビジョン2位。6年連続7度目のファイナル6出場を果たすも、準々決勝でアサヒ飲料に9-16で敗れてシーズン終了。ジュニアシーガルは、関東選手権低学年の部で2連覇を果たした。

↑ページトップに戻る

クラブチームとして独立 【シーガルズ 2002年】

2002年
20年目
X-CENTRAL 1位(5勝0敗)  東京スーパーボウル優勝  ライスボウル準優勝  スコア
| 若手QBが着実に成長し、春のパールボウルトーナメントは決勝に駒を進める。鹿島との対戦は、試合終了間際に追いつかれてタイブレークとなり、1点差で敗れた。そして、リクルートが6月30日をもってメインスポンサーを降板。7月1日から新体制がスタートした。ジュニアシーガルズは、春の関東オープンで優勝。
| 秋のリーグ戦は全勝でディビジョン優勝。シード権を得て、ファイナル6準決勝で3連覇を狙うアサヒ飲料と対戦。30-0で完封勝利。東京スーパーボウルでは、富士通を14-7で破り、4年ぶり3度目の社会人日本一に輝いた。

↑ページトップに戻る

第1期黄金時代 【リクルートシーガルズ 1996~2001年】

2001年
19年目
X-CENTRAL 1位(5勝0敗)  ベスト4  スコア
| リーグ戦を辛勝で優勝し、3年連続でファイナル6に進出。準々決勝で富士通を破り、準決勝で松下電工と対戦。激戦の末、タイブレークで敗れ、決勝進出を逃した。
| 姉妹チームに女性アメリカンフットボールチーム 「レディコング」 が加わる。
2000年
18年目
X-CENTRAL 1位(5勝0敗)  ベスト4  スコア
| 大橋 誠がヘッドコーチ就任。本格的なクラブチームを目指して「総合フットボールクラブ構想」を打ち立てる。初のトライアウト(選手選考会)も実施し、多数の新入団選手を獲得した。記念大会となった第25回パールボウルトーナメントでは、決勝で宿敵・鹿島を破り、同大会2度目の優勝を果たす。
| 姉妹チームに 「横浜シーガル」 を迎える。NPOスポーツ・コミュニティ・アンドインテリジェンス機構 (SCIX/平尾誠二理事長) に参加。小中学生フラッグフットボールチーム 「ジュニアシーガルズ」 が活動を開始した。
1999年
17年目
X-EAST 2位(4勝1敗)  ベスト4  スコア
| 4月にクラブチーム化を発表し、社外選手を登録。6月~7月、イタリアのパレルモで開催された第1回世界選手権の日本代表に9人の選手、大橋 誠コーチ、吉永孝徳トレーナーを派遣し、日本の優勝に貢献する。
| 秋は初の連覇を狙ったが、リーグ戦初戦でオンワードに敗れ、プレーオフに駒を進めるも波に乗れず、準決勝で鹿島に敗れてシーズンを終える。
| レディースフラッグフットボールチーム 「シードッグス」 が活動開始。NGO団体リボンプロジェクトジャパンより感謝状を授与される。
1998年
16年目
★2
X-CENTRAL 2位(4勝1敗)  東京スーパーボウル優勝  ライスボウル優勝  スコア
| 社会人初の国際試合となった 「ジャパンユーロボウル」 が行われ、日本代表に5人の選手を派遣。フィンランドを相手に大勝した。
| この年から、フットボールマガジンと共催でフットボールクリニック「Learn a System」を行う。
| リーグ戦は、鹿島に敗れるもプレーオフを勝ち上がり、東京スーパーボウルでアサヒビールを破り、2度目のXリーグ制覇。ライスボウルでも立命館大学を破り、2度目の日本一となった。
1997年
15年目
X-CENTRAL 3位(3勝2敗)  スコア
| 春のパールボウルトーナメントで初優勝を果たし、連覇に拍車をかけるが、リーグ戦で2敗を喫し、決勝トーナメントに進めず。
1996年
14年目
★1
X-EAST 1位(4勝1敗)   東京スーパーボウル優勝  ライスボウル優勝  スコア
| 池之上貴裕がワールドリーグ(NFLヨーロッパ)へ参戦、日本人初のプロフットボール選手となった。
| 社会人リーグはXリーグと名称を変える。チームはリーグ戦で優勝、東京スーパーボウルにも勝利し、初代Xリーグチャンピオンとなる。さらにライスボウルで京都大学を破り、初の日本一を達成する。

↑ページトップに戻る

成長期 【リクルートシーガルズ 1990~1995年】

1995年
13年目
東日本社会人1部A 1位(5勝0敗)  Final‐EAST勝利  東京スーパーボウル準優勝  スコア
| 東日本社会人1部リーグで念願の初優勝を果たす。東京スーパーボウルでは松下電工に敗れ、準優勝に終わる。
| しかし、リーグ戦でなかなか優勝できなかった時期を抜け、 「日本一がすべてだ」 と選手全員が思うようになる。この年から毎年チームスローガンを掲げるようになり、ミーティングルームに貼り出したりTシャツにしたりしてチームに浸透させた。グラウンドのトレーニングルームも拡張された。
1994年
12年目
東日本社会人1部A 2位(4勝1敗)  スコア
| スカウティング専属スタッフを設置。秋には専用グラウンドが天然芝となる。リーグ戦では2位と躍進。前年に続いて鹿島との接戦で敗れ、優勝ならず。“涙の川崎球場” としてチーム史に語り継がれる。
| フットボールマガジンと共催のフットボールクリニックとして 「Learn a Tech」 を開催。大学生向けにフットボールのテクニックと心を伝えていくことを開始する。
1993年
11年目
東日本社会人1部B 3位(3勝2敗)  スコア
| 大社 充監督にかわってデイビッド・スタントがヘッドコーチに就任し、コーチング体制が激変する。前年に引き続き、後の主力選手となる大量の新人(DL池之上貴裕、LB遠藤紀彦、OL小山朋行など)が加入。オフェンスコーディネーターにマイケル・レナードを招聘。トレーナーにはNATA取得の吉永孝徳を迎える。
1992年
10年目
東日本社会人1部A 2位(3勝1敗1分)  スコア
| 後の主力選手となる大量の新人(QB松本義幸、RB中野康隆、TE安部奈知など)が加入。リーグ戦では、強豪のレナウンを初めて破り2位と躍進するが、初優勝がかかった最終戦では、得失点差を意識しすぎて新進の鹿島に敗れる。
1991年
9年目
東日本社会人1部A 5位(1勝3敗1分)  スコア
| 1部リーグ2年目。強豪・アサヒビールとの試合では、試合終了1秒前にQB柳 秀雄からTE鈴木 聡への劇的なTDパスが決まり、その後のトライフォーポイントも決まって、奇跡的な同点劇を演じる。アサヒビールにはその後2006年のリーグ戦まで引き分けをはさんで負けることがなかったが、好敵手として激闘の歴史がここに始まった。
1990年
8年目
東日本社会人1部B 5位(1勝3敗1分)  スコア
| 1部リーグデビュー。当初、助っ人外国人選手として予定されていたデイビッド・スタントをコーチとして迎える。コーチ陣と選手の代表がNFLシアトルシーホークスのサマーキャンプに参加した。

↑ページトップに戻る

協会に加盟 【リクルートシーガルズ 1988~1989年】

1989年
7年目
実業団カンファレンス2部B 2位(3勝1敗)  一部昇格戦 勝利  スコア
| 千葉市美浜区にリクルート社のグラウンドが完成。ヘッドコーチに大社 充(京都大を初の日本一に導いたQB)が就任。
| 社会人協会加盟2年目にして、実業団カンファレンス2部Bブロック準優勝。優勝は逃すも、1部リーグのチーム数増に伴い1部昇格決定戦が行われ、ハスキーズと対戦。勝利して、念願の1部リーグ入りを果たす。
1988年
6年目
実業団カンファレンス2部B 1位(5勝0敗)  2部BCブロック決勝戦 勝利  スコア
| 1月の取締役会で、企業スポーツとしてアメリカンフットボールチームを創部することが決定。田畑千秋、神山陽子両取締役が顧問に、ヘッドコーチには中田英一が就任した。当面の目標を「2年後、1部リーグ入り」とし、日本社会人アメリカンフットボール協会に加盟。「一流の社会人であり、一流のフットボーラーを目指す」ことをチーム理念とし、本格的に実業団スポーツとして活動を開始する。
| 実業団カンファレンス2部Bブロック優勝。BCブロック決勝戦で清水建設に勝利したが、入れ替え戦はなかった。まだ専用グラウンドはなく、練習ごとに各地を転々としていた。

↑ページトップに戻る

草創期 【リクルートシーガルズ 1983~1987年】

1987年
5年目
 パレスサイドリーグ優勝  
| パレスサイドリーグ決勝で電通を破り、初優勝を果たす。次の目標を 「実業団カンファレンス加盟」 とする。
| 稲葉泰成、並河 研、三原 徹が社内に企業スポーツの重要性を提言し、会社の理解とバックアップを得るために働きかける。
1986年
4年目
パレスサイドリーグ準優勝  
決勝で三菱電機に敗れる。
1985年
3年目
パレスサイドリーグ準優勝
決勝で電通に敗れる。
1984年
2年目
パレスサイドリーグ0勝  
| リクルートの全社スポーツ大会で初の試合 (明治大学の同好会を招待) を行い、社内にチームを初披露。実業団リーグ加盟のための登竜門的存在であった「パレスサイドリーグ」に加盟。パレスサイドリーグの雄、電通打倒が当時の夢であった。
1983年
1年目
公式戦参加せず  
| リクルートの社員(中谷秀之、稲葉泰成、菅野 徳ら)が中心となり、社内のアメリカンフットボール経験者数名に社外選手を含めた10人程度で同好会結成に動き出す。試合はできず、基礎トレーニング中心の練習だけであった。

↑ページトップに戻る


略年表

戦績
歩み
ヘッドコーチ
主将
39 2021 大橋 誠 RB
地村知樹
38 2020 日本一★8 チームがサポートするスポーツクラブ VITA BASE開業。コロナ禍により、春は公式戦中止、秋は期間縮小で開催される。決勝で富士通の5連覇を阻止し、関学大を下して7年ぶり8度目の日本一
37 2019 ベスト4 パールボウルは3年連続でIBMを下して3連覇、8度目の優勝。X1 Superレギュラーシーズンは最終節で富士通に敗れ、6勝1敗で2位。準決勝でパナソニックに敗れる 古庄直樹
36 2018 ベスト4 パールボウルは昨年に続いてIBMを下して2年連続7度目の優勝。レギュラーシーズンは4勝2敗で5位。準決勝で富士通に敗れる TE
安東純貴
35 2017 ベスト4 パールボウルはIBMを下して3年ぶり(2大会ぶり)6度目の優勝。レギュラーシーズンは3勝3敗で6位。準決勝で富士通に敗れる
34 2016 社会人
準優勝
17年ぶりにヘッドコーチ交代。3年ぶりに決勝進出を果たすも、富士通に敗れ準優勝
33 2015 ベスト4 18年ぶりの1stステージ3位。2ndステージで2連勝し準決勝に進むも、富士通に敗れる 大橋 誠 DB
砂川敬三郎
32 2014 ベスト4 パールボウルは富士通をタイブレークの末に破り、2年ぶり5度目の優勝。チーム初のアメリカ遠征。秋は準決勝で富士通に敗れ、連覇途切れる LB
古庄直樹
31 2013 日本一★7 習志野市民栄誉賞受賞。パールボウル準決勝で富士通に敗れ、国内公式戦37連勝でストップ。2度目のドイツ遠征。習志野市で初の公式試合。秋は全勝。関学大を下して史上最多4年連続、7度目の日本一。一般社団法人オービックシーガルズ習志野スポーツクラブ設立
30 2012 日本一★6 ドイツへチーム初の海外遠征。春から全勝、関学大を下して3年連続6度目の日本一。国内公式戦36連勝
29 2011 日本一★5 3.11東日本大震災でグラウンドが被災。春から全勝、関学大を下して2年連続、史上最多5度目の日本一
28 2010 日本一★4 春はパールボウル(決勝)で富士通に敗れるも、秋は全勝。立命館大を下して5年ぶり4度目の日本一
27 2009 Div.2位 独立後初めて千葉で公式試合。3年連続でパナソニック電工に敗れる(セカンドステージ)
26 2008 Div.2位 パナソニック電工に2年連続で敗れる(準々決勝)
25 2007 ベスト4 準決勝で松下電工に敗れる
24 2006 ベスト4 準決勝でオンワードスカイラークスに敗れる DL
庄子達郎
23 2005 日本一★3 春から全勝で初のパーフェクトシーズン達成。法政大を下して7年ぶり3度目の日本一
22 2004 ベスト4 準決勝で松下電工に敗れる
21 2003 Div.2位 株式会社オービックがメインスポンサーとなり、「オービックシーガルズ」誕生。活動拠点を習志野市に定める LB
遠藤紀彦
20 2002 社会人
優勝
クラブチームとして独立。4年ぶりのライスボウル出場なるも立命館大に敗退
19 2001 ベスト4 準決勝で松下電工に敗れる
18 2000 ベスト4 トライアウト初開催。ジュニアシーガルズ誕生 DL
木下雅英
17 1999 ベスト4 クラブチームとなり、社外選手を登録 デイビッド・
スタント
DB
仲 益次
16 1998 日本一★2 立命館大を下して2年ぶり2度目の日本一 LB
遠藤紀彦
15 1997 Div.3位 パールボウル初優勝
14 1996 日本一★1 Xリーグ発足。初代チャンピオンとなる。ライスボウルに初出場し、京都大を下して初の日本一
13 1995 社会人
準優勝
東日本で初優勝し、社会人選手権に初出場(準優勝)。チームスローガン策定元年 DL/OL
池之上貴裕
12 1994 ブロック
2位
大学生向けクリニック「Learn a Tech」(のちの鴎道場)を初開催
11 1993 ブロック
3位
オフェンスコーディネーターにマイケル・レナード氏、ヘッドトレーナーに吉永孝徳氏を迎える DB
鈴木 仁
10 1992 ブロック
2位
前年までのブロック5位から2位へ躍進 大社 充
9
1991 ブロック
5位
強豪アサヒビールに善戦するも引き分け。ブロック5位で入れ替え戦を回避 TE
鈴木 聡
8
1990 ブロック
5位
1部リーグデビュー。デイビッド・スタント氏をコーチに招聘('93年からヘッドコーチ)
7
1989 2部ブロック2位 1部リーグのチーム数増に伴う昇格決定戦に勝利 OL
並河 研
6
1988 2部ブロック1位 日本社会人アメリカンフットボール協会に加盟 し、2部リーグデビュー 中田英一
5
1987
パレスサイドリーグ(皇居周辺にある企業チームの同好会リーグ)初優勝 稲葉泰成
4
1986
パレスサイドリーグ準優勝 OL
中谷英喜
3
1985
パレスサイドリーグ準優勝
2
1984
パレスサイドリーグに加盟 OL
稲葉泰成
1
1983
11月、企業内同好会として創部

↑ページトップに戻る